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  • 2016.07.09 Saturday

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    分からないものを自分なりに知ろうとし、それでも分からないなら、せめて君の手くらい繋ぎたい

    • 2016.07.09 Saturday
    • 06:10

    フェイスブック、めっきり投稿しなくなったけど友達の近況や知りたい情報が知りたくて最近は見るだけになってしまった。
    久しぶりの投稿なのでできれば、「彼女できました」とか「結婚しました」とか、「フジロック決まったので見に来てね!」
    とかを、鼻息荒くしてたくさんのイイネを期待しながら勢いよくキーボードのエンターキーを押したい所ではありますが、
    ここ最近の僕にとっての事件は、2年ぶりに部屋の模様替した事と観葉植物のマミ(a.k.a.ドラセナマジナータ)の植木鉢を交換したくらいのもんで、その時に生じた埃と雑な植木鉢交換をした事によるマミの怨念でやられてしまったのか、から咳が止まりません。

     

    だからこんなどうでも良い文章を書かざるを得なくなってしまった訳で、でも大抵どうでもいい事はどうでも良くない事である事を今までの人生で身をもって体験したので今日はそんな僕にとってどうでも良くない事をここに残します。

     

     

    今から4年前くらいに、音楽仲間であり心の恋人(a.k.a親友)である今村竜也から「おいしげお。すんごい歌い手がおるぞ。聴いてみろ。ぐへへ」と言われ教えてくれたのが「マラドーナ7人抜きの唄」というふざけたタイトルの唄を歌う、ロン毛で髭モジャでやたらと謎の言葉「ヤーマン」を繰り返す胡散臭い男の動画であった。

     

     

    初めてその唄とMCを含む佇まいと言葉を聞いた時、ぶったまげた。
    そして今から三年前の参院選、彼がまさかの出馬をしその演説の言葉と佇まいにまた心打たれた。
    理屈ではない。
    初めて音楽を聴いた時の衝撃のような感覚。
    ただただ、心が震えたのだ。

    回りくどくならない内に、単刀直入に言いたい。
    この三宅洋平という男を知らない人に、この動画を見てほしい。

    君はどう思うだろうか?

     

     

     

    別にこの男に投票しろだとか、僕と同じように心震えただろう!という共有感の悦に浸りたいわけでもなく、
    憲法改正反対!とか賛成!とかを意思表明したいのではない。
    そもそも、みんなの想いは一緒のはずだ。
    「戦争なんかしたくない」
    そんな同じ思いなのに憲法改正に反対と賛成に真っ二つに分かれて、左だ右だと罵り合ったり、ミュージシャンが政治の話するな!等揶揄したり、そういったコメントを見ると悲しくなる。

     

     

    世間からボッコボコに言われてる安部さんだってみんなと同じように家族もいるんだし大切な人たちは守りたいから、きっと戦争したくないはずだ。もしかしたら世界の悪い奴に脅されて色々な事情があって止むを得ない決断をしてるかもしれない。
    そんな事を言ったらすぐ「陰謀論はやめろ!」ってな事を言われそうなのだけど、その可能性は0ではないでしょ。
    てか、そもそも正直何が本当の事で何が嘘か分からない。
    それはきっと僕たちの身近にでも起きてる事だ。
    話が大きすぎるからより分からなくなって複雑になる。

    想像しよう。
    今起きてる事は、小学生の教室での出来事や職場での休憩室の空気の延長線上にもあるのだろう。
    なぜあの時イジメが起きたのか?
    なぜ女子どもが何の根拠もないのに噂だけで彼女をヤリマンだと決め付けるのか?

     

     

    僕はそういった事を思い出す時、イジメられてる子の話を聞いてあげたら良かったとか、「ちょいちょい、ちょっと待てよお前は本当に本当の事を知ってるのか?せめて自分の目で確かめてから言おうぜ」と間に入って言えたら良かったのにだとか、自分の小ささを恥じ、悔やむ時がある。

    だからと言って、被害者と加害者の言い分を聞いたら、それぞれの事情もあっての事だろうし、

    それぞれの正しさが、あるのだ。

     

    今だって言いたい事も言えないし分からない事もたくさんある。

    分からない事を知ろうとしてもきりがない。
    だから自分を、感性を信じて、手を握って初めて分かる事もあるだろう。

     

     

    この文章を見てまたいつものように私的な経験を交え抽象的な表現で逃げてるのだろうと思われるかもしれないが、
    僕は分からないものを自分なりに知ろうとし、それでも分からないものに関しては言葉にはしきれない、断固たる「何となく」という感覚を信じたい。
    人間誰もが持つごく原始的で最も純粋な部分を揺さぶる出来事や言葉が存在する事を信じてる。
    そして僕がこうとしか思えないように、あなたもそうとしか思えない事があるだろう。
    それを知りたい。

     

     

    だからこの三宅洋平という男の演説を聴いて、みんながどう想ったのか知りたい。
    そして今回の一連の問題に対する、君の意見を聞きたい。
    できれば直接会って、ツノゼミのやばさとかくだらない話を織り交ぜながら語り合いたい。

    分かり合おうなんて思っていない。
    認め合いたい。

     

     

    そんな単なる理想論ではなく原始的で最も純粋な部分の必要性を、この三宅洋平という男は勇気を出して僕たちの目の前に曝け出してくれている。

     

     

    3年前の参院選の広島での演説の後、
    「おれはアメリカを絶対に許さない!何故許そうとする!!」
    と感情的になりながら三宅洋平に詰め寄る生まれも育ちも広島のおっちゃんの言葉に

     

     

    「気持ちはみんな一緒。許せないって思うから許す。許す事が一番強い」

    「これは喧嘩じゃないから大丈夫だ、手を握ってるから」

     

     

    と周りが心配するのをよそに手を握りながら時に感情的になりながらも討論し合う動画見て、ボロボロ涙が出てきた。
    その動画に彼の本質が見える。
    原始的で最も純粋な部分が見える。

     

     

    ※18:45頃から

     

     

    日付変わって今日7/9、品川港南口にて17時から選挙フェスという銘打った彼の演説が行われます。
    友人たちと一緒にもう一度この目に焼きつけ言葉をしっかり聴き心で体感して、
    7/10に僕は投票所に自分の意思をブチ込んできます。


    あまりにも思想の中で生きてきた僕は、投票所に自分の意思をブチ込むように、日々の生活の中これから少しづつ体に落とし込む練習をしなきゃいけない。
    じゃなきゃ、全部が幻みたいになってしまう。


    消える前に、せめて手くらい繋ぎたい。

     

     

     

     

     

     

     

     

    地球儀で玉乗り

    • 2016.07.05 Tuesday
    • 15:35

    実家に帰ってきた。

    大人になっていくと、今まで直面したことのないような自分だけの問題ではない問題が立ちふさがってくる。
    大人の悩みに子供の涙。

     

    だからって悲観しているだけじゃ何も始まらない。
    いや、むしろこういった問題でワナワナと己の生命力がみなぎってくるのが分かる。
    少しばかり楽しんでしまっている自分もいる。


    あぁ、おれは、始まるきっかけを待っていたのだな。

    人参の代わりに悲しみを目の前にぶら下げられて走る馬か俺は。
    悲しみを喰らい目的もなく野をかける鹿か。

    馬鹿ものめ!


    と己を戒め、本当の悲しみが一気に家族を襲う前に、どげんかせんといかん、
    と東京での予定をすっ飛ばし夜行バスに揺られる。

    隣の席の人が、和歌山城の動物園の馬みたいな臭いがして最初は懐かしいなと思っていたけど30分もしたらほんと勘弁してください状態で涙目。

     

    ノスタルジックをぶら下げられ懐古に走る馬か俺は。
    時間とともに強臭を増す馬臭。。

     

     

    ーーー

     

     

    郷愁と戯れる余裕もなく、なんとか和歌山に到着。
    しかめっ面の妹と満面の笑みの甥っ子リュウキが僕を迎えてくれた。

    リュウキは早いもんでこの春から小学一年生になった。
    スーパー繊細な感性が功をせいし空気を読むという本能的特技ともっと俺を見てくれよろしくかまってちゃん症候群でクラスの人気者になるのと引き換えに、謎の頭痛が授業中に発生し、保健室通いになるというスタートダッシュをかましたが、
    夏休みを目前に学校にも慣れ頭痛もなくなってきたらしい。

     

    入学当初、リュウキと電話で話ししたことを思い出す。

     

    「リュウキ、かわいい子おるか?」

     

    「おらんわ」


    「友達できそうか?」


    「多分無理やわ。でもな兄ちゃん、明日になるん、楽しみなんよ」


    ふむ。幼いながら体得したこのバランス感。大丈夫だ。


    現状にがっかりしながらも(悲観という言葉を使うにはまだ早い)明日に明るい未来を見ている幼い彼の心と、僕の今の心が重なる。

    三ヶ月ぶりに会ったリュウキは、春に会った時よりも何かふっきれたような清々しい顔をしていた。


    そして彼は僕に言う。


    「兄ちゃん、リュウキに地球儀買って」


    「なんで?」


    「兄ちゃんが住んでる東京、どこか知りたい」


    兄ちゃん、とてもジーンときてしまった。


    地図ではなく、地球儀を欲しいと言い出す所がまたグッとくる。


    僕はこの前の日記で、今自分を疑っていると表現したが、それは今冷静に自分の位置を見ようとしたかったから。

    しかし、現在地を確かめるために地図を広げるだけで何もしていない事にリュウキの言葉で気づく。
    そして僕の居場所を確かめようとしてくれているのが、自分だけではない事が嬉しかった。

     

    頭の中で地図を描いても仕方ない。
    しっかりと、手に触れ回すのだ。

    そう、冷たい金属を指先に感じ、手首を効かせ、勢いよく、

    くるくると、地球儀を、
    己の世界を、回すのだ。

     

    次回の擬態に期待したい

    • 2016.07.02 Saturday
    • 02:18

    25階からエレベーターですべるように地下まで降り

    1000回ほど通ったであろうセキュリティーゲートをくぐりながら守衛さんに乾いたお疲れの挨拶を交わし

    地下駐車場から地上へ這い上がった瞬間

    海の匂いがした。

    この前は木の蜜の匂いもした。

     

    時にはクジラの気分で、時にはセミの気分で。

    ツノゼミのようになんにだってなれるよ。

     

    あいつらにとって擬態の意味に進化のためだとかそんな理由はない。

    ただ、そうしたかっただけ。

    だろう。

     

    たとえばツノゼミと鳥貴族行って酒交わしながら

    「なんでお前蟻になろうとしたん?」

    って聞いたら、

    「いや、なんとなくっす」

     

    って、きっととろろ焼きをスプーンでかりかりしながら面倒くさそうに答えるのだろう。

     

    僕は今猛烈に自分を疑ってる。

    同時に、なんとなくっていう感覚を、

    今もまだ嫌気がさすくらい信じている。

     

     

    相変わらず人の脳内をディグるのが好きで適当に選んだレコードに針落として流れる音楽に身を委ねるように適当に会話するのが最近心地よくてここ最近のラップブームに影響されディグるだのバイブスだのどんどんうざくて胡散臭いにやつになってるからベンジーそのグレッチのギターで俺をぶん殴ってくれ。

     

    よし、目が覚めたふりで、とりあえず二度寝するよ。

    夢か現か、またどこかで会えたらうれしいよ。

     

    元気かい?

    僕はごらんの通り、ギリギリビンビンです

     

     

     

     

    待つように会いにいく

    • 2016.04.22 Friday
    • 03:38
    アナとオットーという映画を見る
    待ちわびた偶然。
    悲しい偶然はいらない。

    偶然に向かい希望を信じ走っていくアナの表情が映画を見終わっても焼きついて何とも言えん気持ちになっていたら、プリンスの訃報の知らせが。


    あまりにも終わりが多すぎる。
    これは何かを意味するのだろうか?

    こんな時にも僕は悲しみを紛らわすかのように意味を与えようとしてしまう。
    偶然はなく全部必然やとしたら僕らは身を委ねるしかないんやろか。

    それでも僕は自分の直感を信じる。
    終わることを前提に始めるのはやめたと誓ったのだ。


    目の前のグラスを掴もうとする時、実は0.35秒前にすでに脳がグラスを掴む事を決定しているらしい。
    僕らがこうしようこうしたいと意思を持ち伸ばしたその手は、既に脳によって決められた事。
    らしい。

    今僕がこうやってカタカタ打つ文字一文字一文字も、何げない言葉も、あっちではなくあえてこっちを選んだ出来事も、全ては決められていた事。

    もしもそうだとしたら、僕らは自分という座席に座り僕という人生の映画を観る観客に過ぎないのか。

    だとしたら、楽しいだけじゃつまらない。
    悲しいだけじゃやだ。
    たまにはずるして真面目になってバカみて恥かいて反省して繰り返して涙して感動して、
    最後はやっぱりハッピーエンドがいい。


    僕はそんな映画を楽しむように、座席に座って眺める。
    隣にたまに誰か座ってくれたなら、なおさらハッピーだ。





     

    振り返れば奴はいない

    • 2016.04.11 Monday
    • 04:11
    つい先日まで満開の桜の下で友達とわいわいしてたのに、気付いたら桜も散り始めて緑色がぽつりぽつりと彩る様を見て、
    もう終わることを前提にものごとを始めるのはやめようと思った東京5度目の春。
    始まるように始めてみよう。
    そうしたいから、そうするだけ。

    面倒くさくなったら、コタツで寝て待つよ。

    焦って外に出たら、もう夏が来るのかな


    その前にまずは食器を洗うよ。
    ちゃんと寝る前に、お風呂入るよ。
    小さなことからこつこつと。
    後悔もするし反省もするよ。
    たまに君も思い出すよ。
    そして気付いたら結局何もせずコタツで寝ちまってるよ。

    そんな繰り返しで、まぁいっか。
    が、口癖になったよ。


    だからって、いつまでたっても未来に期待しちゃってるよ。
    強がりでも意地でもなく、本当だから困った。
    だからどうしても心がすっきりしないのだ。
    (いい加減、テレビの次にコタツをベランダに捨ててやろうか。
    そういえばこの部屋はベランダが、ない!)

    「春やからな」
    と言って、いつも春のせいにしてごめんなさい。

    「ええんやで」
    と言って、今年も言い訳聞いてくれてありがとう。


    はらはらと舞う桜の散る様を見て、
    もう終わることを前提にものごとを始めるのはやめようと思った成男34度目の春。
    始まるように始めてみよう。
    そうしたいから、そうするだけ


    今、そんな歌を思いついた

    閉じる季節 明ける夜

    • 2016.04.05 Tuesday
    • 05:19
    夜が、だんだん短くなっていく

    だんだん不安になって
    だんだん消えていく

    閉じる季節が、またやってきた

    今日の営み

    • 2016.03.28 Monday
    • 00:40
    嫌われる勇気、っていう本が流行ってるみたいやけど、嫌われてもいいやと思って振る舞う自由さはいいのだろうけど、そう思って行動する時点で卑しさが出てしまって僕には合わへんなぁ思う。
    意思は持っても、意図はしない。
    ヘラヘラして何が悪いねん



    っていう事をTwitterでつぶやいたくらいであとは他人の負のエネルギーを左耳に食らわされオリジン弁当食べて山田玲司先生のヤングサンデーを観て感嘆して全部裏声で自分の歌を歌い喉のメンテナンスをするという今日のあらすじをここに残し今日の営み終わり。


    結構な感じやな
    明日は何を営むんやろか

    my room is your world

    • 2016.02.22 Monday
    • 03:33
    日付変わって今日、いよいよワンマンライブだ。
    おかげさまでたくさんの方からご予約を頂き、ソールドアウトとなりました。
    本当にありがとう。

    my room is your world

    部屋でお待ちしております。
    カギはかけてないので、ノックは無用。
    そのまま飛び込んで来てね。




    例えば宇宙の広さなんて
    僕の部屋6.5畳くらいのもんだろう

    例えば君と僕との心の距離なんて
    僕の部屋の壁に触れるようなもんだろう

    この部屋の中で起こることや
    流れる音楽は
    きっと君が一人ぼっちの時に

    窓からすべりこむ光
    テーブルから落ちる手紙
    何げないその瞬間と繋がってる
    繋がってる

    カギはもういらないし名前を呼んで
    そんなイメージで飛び込めばいい

    Who is call?
    My room is your world

    Who is call?
    My room is your world

    時計の針が約150度の角度で知らせる
    時空を超えて響き渡る
    チャイムが沈む背中をそっと押す
    扉を開け街に出たら退屈な景色

    僕は不安な訳無くはないけれど
    宇宙の広さなんて
    この部屋と誰かの頭の中たして2で割ったぬるいコークハイ

    僕は変?
    ギブミーユアーハンド
    差し出した手を繋ぐ

    忘却のしげお

    • 2016.02.09 Tuesday
    • 04:45
    僕はすぐ忘れる。

    あんなに好きだった漫画や本や映画の内容も、忘れる。

    親しかった人の名前も出来事も忘れる。

    僕が触れた物や感じたあの大切の時間は何やったんやろか。


    今日はふと昔読んで大好きだった漫画のうしおととらの事を思い出したが、肝心の内容が思い出せずに悲しかった。


    小学生の頃もよく忘れ物をした。
    ランドセル忘れて登校するくらいやからもうなんか忘れるという次元を超えた症状な訳で。

    あの頃、忘れてしまう事がとても嫌で自分が腹立たしくて、いつも頭の中で忘れてはいけない事をぐるぐると思い巡らし繰り返した。
    どうでもいいことも、忘れてはいけない事にしてしまい結果、眠れなくなってしまった。


    深夜、母親に泣きながら「おかん、眠り方忘れてしまった。眠り方教えて!」
    って打ち明けた時、
    「目をつぶってたらいいんよ!!」
    とブチ切られて、
    健気な幼い子に向かって凄いなこの親。
    と感心すると共に、
    あぁ、自分の親でさえ自分の事を分かってはもらえないのだな。
    と人間は孤独な生き物であることを悟ったのであった。
    (この頃の眠れない時期を神様がくれた時間と命名し良からぬ妄想と創作の始まりとなる)


    でも、担任のマエキタ先生に相談したら「しげお、それは思春期に起こる病気の一つやで」


    と答えてくれて、とても安心した。
    あぁ、これは病気なんや。
    病気ということは、僕だけでなくこの世界のどっかに僕に似た人がいるんや。
    と思ったら楽になりそれ以来、のび太以上に眠りが速い。
    と言われるまでのノンレム睡眠の深さを獲得したのであった。
     

    あれから大人になり、あの時僕に安心を与えてくれた僕に似た人たちと、


    「あぁ、あの映画良かったよね!ほら、あれ!何やったっけ!タイトル忘れたわがはは!」


    と酒を飲みながら笑いあったりする日もあったりするのである。


    そうした日々も、いつか忘れてしまう日がくるのだろうか。
    君は、僕の事を覚えてくれているだろうか。


    忘れるという機能は、人間の中で最高にイカしたクールな機能かもしれない。
    でないと、パンクしちまうぜ。
    安心して忘れよう。

    それでも忘れらないことは、忘れなくてもいい。という事にして眠ろう。
    眠れなかったら、目をつぶっていたらいいのだ。



    最近映画や本を読んで思った事を忘れないようにメモをする専用のノートを買ったのだ。



    まだ一回も使ってないのを、今思い出した。








    2016

    • 2016.02.08 Monday
    • 04:19
    スーパー遅ればせながら明けましておめでとうございます。


    世の中色々と騒がしい昨今ですが、僕はといえばコタツで寝落ちする日々です。
    そろそろ血管おかしくなってポックリいくんちゃうか思います。

    でも自転車で交差点を渡る時は左見て右見てまた左見て渡るようにしてます。

    明日は我が身ですが健康と交通事故に気をつけたいです。
    みなさんも気をつけて。

    ものすごい適当な文章に感じるやろうけど、ただ新年の挨拶をしときたかったという
    気持ちの勢いだけで書き残している次第であります。

    今ものすごく文章消したいけど消しません。
    今年は素直でありたい所存です。

    よろしく2016
     
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